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小田原・箱根地方の指物の起源 

~指物とは~

木と木を組み合わせて作られた箱や家具等の技術・総称。

中でも代表的なのは、経済産業大臣指定伝統的工芸品の指定を受けている京都の京指物・東京の江戸指物の二つ。

その中で、全国的には知られていない小田原・箱根の指物の特徴・歴史とはどういうものなのか?

この地域の木工業をまとめた「箱根物産史」 (著)箱根物産連合会 から、

指物についての記録を調べた。

以下、抜粋

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元禄4年(1691)

オランダ商館長一行のドイツ人ケンペルの紀行にて仙石原に埋蔵された神代杉の記載。

江戸時代の建築や造作建具に使われた。

 

正徳2年(1712)

神代杉が大量に発見され、湯本の神代杉を商う商人がこれを手に入れる。

この頃、大工から分かれて建具師、指物師の職が生まれる。

これらの人々は箱根や小田原の地に定住して土地の人々の注文を待って仕事をしていたので

神代杉を用いる仕事には特にその腕を競って見せたに違いない。

指物師は注文生産の傍ら神代杉で煙草盆等の小物をつくりはじめ次第に引き出しや箪笥等の商品を手掛けるようになってゆくのであろう。

 

文政9年(1826)

オランダ商館一行の医師ジーボルト 畑宿から湯本へ至るまでの旅行記の一節より。

「木製品で有名な畑村(畑宿)に着き、~省略~たいていは家具か贅沢品で象嵌をしたもの、編んだもの、漆を塗ったものがあり、

生の樹皮や貝がらを使ったものがあって、要するにこの国の人々の本当の趣味を表していた。

~省略~湯本村で前に述べた製品が同じように綺麗に陳列してあるのを見物し、10時ごろ松明の灯りを頼りに小田原に着いた。」

 

この頃には箱根の地で家具指物の技術が育ち、専業とする指物師が定住していたことを示す。

以上 箱根物産史 (著)箱根物産連合会 より引用。

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結論

箱根・小田原地方の寄木以前の家具指物技術の発祥は、明確には分かっていない。

指物師という職が定着したのは

元禄の頃(1688-1703)。

1688年以降から、日本人の生活が豊かになり始め、一世帯に一つ箪笥を持てるようになった時代。

​その流れに沿って、指物師という職が定着していったことを考えれば、

その頃には小田原や箱根に指物師が店をかまえていたのではないか。

寄木を用いた指物と限定すれば、上記シーボルトの旅行記から、

発祥は 文政の頃(1818-1929)となる。

H29.6 松本

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